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スペシャル対談
起業家が
成功するための心得

グループウェア国内シェアNo.1を誇るサイボウズ株式会社の青野代表と株式会社ネットマンの永谷代表。
10年来の親交のあるふたりが自身の経験談を交え、経営者としての心得を語りあった。

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青野 慶久〈あおの・よしひさ〉

サイボウズ株式会社代表取締役社長

1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得。また2011年から事業のクラウド化を進め、有料契約社は11,000社を超える。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。

サイボウズ

「チームワーク溢れる社会を創る」をミッションとし、グループウェアや業務改善アプリを軸に、世界中のチームを支援するサイボウズ。グループウェアは国内トップシェア、さらなるグローバル展開とブランド力向上を目指す。

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永谷 研一〈ながや・けんいち〉

発明家・株式会社ネットマン 代表取締役

1966年、静岡県沼津市出身。東芝テック、日本ユニシスを経て1999年4月、教育にITを活用する株式会社ネットマンを設立。行動変容システムで日米で特許取得した発明家。1万人以上の行動実践データを検証・分析し、目標達成のための行動習慣化メソッド「PDCFAサイクル」を開発。三菱東京UFJ銀行、日立グループなどの人材育成に採用されるほか、明治大学、東海大学などでキャリア開発研修の講師を務める。著書に「絶対に達成する技術」。

絶対に達成する技術

目標達成や人材育成のプロフェッショナルである永谷研一が心理学や行動科学の 豊富な知見を組み合わせ、1万人以上の行動分析から導かれた、「絶対に目標達成する人」の5つの技術を、 わかりやすく解説。

アイデアを切り捨てる勇気が小さな成功への第一歩となる

永谷 青野さんがサイボウズを立ち上げたのが97年でしたよね?

青野そうです、前の年あたりからインターネットが普及し始め、世の中が変わると直感しました。インターネット技術を使ったソフトウェアの時代が来ると確信し、松山市で仲間と起業しました。

永谷 その後、最初のオフィスソフトを発売したのが…

青野「サイボウズOffice」を出したのは、その年の10月でした。既にロータス社のグループウェアを多くの大企業が採用していましたが、機能も価格もリッチでした。僕らは必要最小限の機能に絞って低コスト化し、中小企業を中心に販売しました。そういう意味ではうまく時代の波に乗れたわけです。

永谷 タイミングが味方してくれたんですね。しかもあのソフトはダウンロード(DL)販売という戦略をとったでしょう。あれはものすごく画期的でした。雑誌の付録でCD-ROMが付いているのが精一杯の時代でしたから、ソフトウェアをDL販売するなんて夢のまた夢ですよ。

青野あれは戦略でも何でもなくて、DLしか選択肢がなかったんです(笑)。僕ら販売ルートがないうえに営業担当もいない、資金がないからCDも焼けない。とにかく一番ローコストな方法といったらDLしかなかったんです。

永谷 そうだったんですか! でもサイボウズがきっかけで、今やDL販売がスタンダードの時代ですからね。

青野当時はネットがまだ常時接続じゃない時代でしたから「ネットで売れるわけがない」と散々言われました。内心「すぐつながるから!」と思ってましたよ。DLしやすいようにデータをできるだけ軽く、フロッピーディスク1枚に収まる容量にしました。販売が始まるとシンプルで使いやすいと評判になって、ブレイクしたわけです。

永谷 私がもうひとつ驚いたのは、データベース(DB)まで組み込んでいた事。しかもISAMファイルという単純なテキストファイルのね。「うまいことやったな!」と思いましたよ。

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青野よくご存知ですね。ベンチャーで生き残ろうと思ったら、新しい価値を生み出していく必要があります。当時の僕らみたいな少人数の会社は一気に全市場を狙うのではなく、まず限られた人に最適なものを提供していくという第1歩が肝心で、そこから徐々に広げていけばいいと考えました。やりたい事の全体像があったら、そこから肉をそぎ落としていくという発想が起業家には必要だと思います。

永谷 ときには切り捨てる事も大切ですよね、こだわり過ぎていたらDB開発だけで数年はかかってしまったでしょうね。青野さんのあのDBの発想、我々ITベンチャーは「これでいいんだ!」と勇気づけられました。ところで、広告宣伝にはどのくらい投資したんですか?

青野売上の半分程度ですね。

永谷 50%! 広告宣伝費といえば通常は売上の7~15%ですよ。

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青野このビジネスモデルは規模が大きくなれば利益率が上がりますし、競合に勝つにはブランドを高めるのが先決だと思っていました。ほかの費用を抑えてでも広告宣伝費にまわす。それでも大手ほどの費用は出せないので、いかにインパクトを残すかを考えました。

永谷 目標を達成する人って、青野さんみたいに最初はスモールスタートですよ。高すぎる目標は、途中で挫折してしまう。データを見ても、目標が高い人や行動計画が多すぎる人は長続きしません。自分に頃合いのいい規模で達成を積み重ねていき最後に大きな市場をカバーすればいいわけですからね、ゲームでステージをクリアしていくように。

青野この先ニーズがどう動くかとか、時代の流れを読む感覚は起業家にとって必要だと思います。

永谷 自分の読みや市場の流れ、自分はこう進むべきといった確信がなくては、その先にあるTo Be(あるべき姿)には到達できません。

青野ToBeを見極めるって難しいですよね。今でも答えが出るのか分からないので、毎日自問しています。

大きな失敗から気づいた自問する事の大切さ

永谷 自問という言葉をお使いになりましたが、実は私が提唱する〝目標達成の技術〟にあるPDCFAのCがまさに自問です。たとえば何かを達成したときに「自分は本当に達成できたのか?」「はたして社会的な価値を生み出しているのか?」と常に考える行動です。しかし自問って、訓練して習得できるものではありません。To Beを意識していると自問が生まれてきます。青野さんが自問するようになったきっかけは何ですか?

青野僕が自問の大切さに気づいたのは大失敗をしてからですね。サイボウズを上場させたあと、自分が何をやりたいのかも分からず9社も買収したんです。グループウェア事業を10年ほどやってきて、漠然と何か別の事をやりたいと思って。

永谷 失礼ですが、どのくらい使いました?

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青野20億円以上は。コンサル会社、ハードウェア会社、予約サイトの運営会社な ど、とにかく面白そうな会社をどんどん。当時はライブドアがものすごい勢いで企業買収を進めていて、BtoBソフトウェア会社を買収したとき「まずい、市場が食われる!」と焦ったのもあります。結局、2006年に2回ほど業績予測の下方修正を出してしまい利益は激減、買収した企業は売却しましたが損失は11億円くらい。

永谷 株主は黙っていなかったでしょう。

青野僕はもう社長の座を降りようと思っていました。ところが「その11億は勉強代だと思えばいい。がんばれ」と。

永谷 雇われ社長と違い、起業家社長は勝つまで辞められないものですよね。

青野周りから「ここが踏ん張りどころ」と言われても、踏ん張れる自信なんてまったくないわけですよ。何度も涙をボロボロ流しました。

永谷 どうやって乗り越えたんですか?

青野そのとき一冊の本に出合ったんです。コンビニへおにぎりを買いにいって、たまたま目にした松下幸之助さんの本で。何気なく手に取って最初のページを開いたら、「真剣に志を立てよう。命をかけるほどの思いで志を立てよう。志を立てれば、事は半ば達成されたといってよい」と書かれていて。それを見た瞬間に自分のなかに雷が落ちました。はたして自分は命がけでやっていたのかと自問しました。会社を買収したときに、失敗したら腹を切るくらいの気持ちだったかと。明らかにノーだったわけですよ、ユルかった。頑張ってはいましたが。でも頑張りと真剣には大きな隔たりがあって、命がけの真剣レベルまでいかないと成長はないと気づきました。そうして2006年の末に、自分の中の真剣スイッチを人生で初めて入れました。自分が命をかけられるもの以外はやらない…グループウェア事業だけに専念しようと決めました。

永谷 大きな苦しみと失敗を経験して松下さんの言葉に救われた。もし失敗がなかったら「いい事言っているなぁ」くらいで終わっていたでしょうね。専門的にはメタ認知というのですが、ずっと自問自答を続けていると、自分を抽象概念化して考える力が出てくるんです。自分を客観視できる能力が。伸びる人と伸びない人の差はこの違い。伸びる人はメタ認知能力が総じて高いですね。これは普段から反芻して、つねに自問していないと養成できない能力なのです。自問を続けていくことで能力養成の土壌ができる。青野さんの場合、まさに苦しんで自問を繰り返していたときに土壌ができたのでしょうね。僕が推奨するPDCFAメソッドでいうと、まさにCのチェックに当たるところです。

経営者の問い掛けが従業員の心を変えていく

永谷 もうひとつ大事な経営資源として従業員が挙げられますが、従業員に対してはどんな事を伝えているのでしょうか?

青野良質のグループウェアを作って、それを世界中に広める。それに共感してくださいと言っています。

永谷 え、それだけ? 訓話とかしているのかと思いました。

青野しないですね(笑)。自分たちが目指している目標がぶれないように繰り返して話しています。もともと上下関係のある軍隊的な考えは苦手で、ビジョンに共感した人ができるだけ強制されずに自由にやるのが大切だと思います。それが、僕がつくりたい組織のイメージです。

永谷 じゃあ従業員に対してはクリエイティブであってほしいと?

青野サイボウズに所属するのであれば、自立してくださいという事です。たとえば何時に来て何時に帰るかも自由です。自立できていないと「何時に出勤したらいいのでしょうか?」と不安になってしまいます。そこは自分で考えてほしいのです。週に1回しか出勤しない人や在宅勤務の人もいる。働き方の選択肢を用意するのとセットで自立を促していかないとダメだと思うのです。

永谷 そういう環境で従業員の自立を促していくんですね。先ほどの自問の話に戻ってしまうのですが、自らどんどん自問して自立して伸びてくれる人材って必要ですよね。

青野その通りですよ。自立した人は強いですから。

永谷 私は問いかけが大切だと思うんです。PDCFAのFが問いかけ、つまりその人の自問を助ける人が必要だと思います。

青野確かにそうですね。問いかけは大事です。よく「起業したいので、何かアドバイスください」とか「入社して3年目なのですが、どうしたらいいですか?」といった質問を受けます。僕はいつも「自分で考えなさい」って答えます。

永谷 それがまさに問いかけですね。自問できるように誘導していってあげる事です。私は問いかけこそが育成だと思います。そうやって従業員の自問を支援できる組織は素敵だと思いますね。実はこれ、お釈迦さまと弟子の関係に通じるんですよ。お釈迦さまは常に弟子たちに向かって「なぜなんだい?」「どうしてそう思うんだい?」と尋ねるだけ。それを何十年も続けているうちに、弟子たちは自問を繰り返しながら悟りを開いていきます。お釈迦さまは答えを教えるのではなく、自問するきっかけを与えるだけなんです。

青野面白いですね。

永谷 これから起業を考えている人たちがまずやる事と言ったら…

青野毎日、自問自答をしてください。

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永谷 やはりそうきましたね(笑)。今度、『自問自答経営』という本を共著で出しませんか。これからの起業家に必要なのは、「自分で考えなさい」ってメッセージですよね。

青野そうですね。「自分はどんな会社を作りたいのか」、いや単純に「何がしたいのか」という問いかけをいっぱいして自答しながら起業する。これが一番大切な事だと思っています。

永谷 たとえ答えが見つからなくても毎日繰り返す。それがTo Beですよね。

青野おっしゃる通りです。ToBeがないと、自問自答すら生まれません。僕も毎日、「なぜサイボウズはグループウェア世界ナンバーワンじゃないんだろう?」という自問をしています。世界で一番のシェアを獲得したいという目標があるからです。

永谷 ToBeつまり自分があるべき姿に対して来る日も来る日も自問自答せよ!という事ですね。今日はありがとうございました。